この春も、姉ケ崎フィールドハウスとともに。

今年の春も、おともだちと一緒だよ、うれしいね
私は、山本正徳宮古市長のことが大好きです。
2020年2月10現在、もはや、愛していると言っても過言ではないかと思います。
銭湯でお会いしたら、隣の人の石鹸とタオルをかりてきて背中を流したいくらいです。
宮古市民として、この素晴らしい建物を残せないなんて情けない。
これはもう、山本市長の政治力に頼るしかないと、世が世であればまさに切腹覚悟のメールを送ってみました。
もうダメだろうと諦めていた私のもとに届いたのは、「確認します。解体が始まっていれば止めることは難しいかと思いますが…」との市長さんからのメッセージ。
あれから数週間経ち、本日市から届いた正式なメールは、「解体は中止することになりました」。
心が震えました。
市民や、市役所の職員のなかにも、中止したほうがいいと働きかけてくれた方がいらっしゃると思います。
宮古市が誇れる「宝」を守るために、早急な政治力を発揮して行動に移していただいた市長様に感謝申し上げます。
おかげさまで、宮古市において、子供からお年寄りまで世代を超えた情操を養う場所が、失われずにすみました。
市からのメールにもありましたが、今後の活用について協議する必要がある(という建前が必要になる)かと思います。
ジオパーク教育の一環としてフィールドワークの拠点とすることや、団体催しへの貸し出しなど活用法はあるでしょう。
しかし、ここで述べたいことは、原則としての、「活用できないものは解体しなければならない」という発想は、悲しいのではないか、ということです。
生産性が無いものは、存在しても意味がないと発言した政治家がおりました。
たとえるなら、困難を歩んできた老人の存在は、それだけでも子供たちに人生というものを教えるものであり得るはずであり、そこに生産性の有無を検討することはないはずです。
ジオパークで三陸を盛り上げることを鑑みた場合にも、姉ケ崎のフィールドハウスとは、「あの公園にあるだけでいい」ものであり、基本的に手を付ける必要もないものです。
くれぐれも、宝に気づいたなどと、新建材を使用したリニューアルはやめてください。
建築基準法の耐震性などの理由で、被災地のみならず、地方において多くの宝を壊してきたようなことはやめてください。
市からのメールに、「姉ヶ崎フィールドハウスは、昭和50年に整備されたものであり…」との一文が。
私と同じ歳だ!
大切なともだちと、春を迎えられる喜びを胸に、今日もしっかり店番いたします。
山本市長さま
国の復興交付金を活用して震災遺構として保存した「たろう観光ホテル」。
年間の維持費の金額を聞いた時は、それはもう心底驚きました。
錆だらけで朽ちていくだけの鉄骨構造物にお金をかけるぐらいなら、若者の教育支援に充てるべきだろうし、津波の恐ろしさを後世に伝えるのはyoutubeで良いだろうと、びっくりしました。
しかし、これまた古いものを残して活用していこうという姿勢によるものかと、錆止め材の塗布を見守ることに決めました。
コーヒー淹れてお待ちしております。
